天女座物語255 2006/4/30 写真はクリックズーム
天女座を立ち上げてから5年が経ちました。 皆さんの支えの御蔭です。
4月29日は、岐阜から山田三恵さんご一行と
岡山から俳句指導の杉本征之進先生と皆さん、喜峰さん、かよさん
横山美恵さんが天女座に到着。
昼からはホールで俳句会が始まりました。 地元の方々も参加して、盛り上がったそうです。
夜は演奏をたっぷり聴いて頂きながら地鶏鍋とはごろも鍋を食べて
頂きました。
この日は、高専の5年生の翔太君、仲君、チュウタ、新ちゃん、
大ちゃんの5人が壁のペンキ塗りから、宴会までバイトで入って
くれました。
最後は餅ほりで大歓声!「餅は初めて拾うのよ!」と皆大感激して
くれました。
30日 昨日からの高専の5人は朝からペンキ塗りに精を出しています。
お茶の芝先和子先生とお弟子さんがロビーにて立礼(りゅうれい)
のお茶会をして下さいました。
厨房のゆっこさんや、千恵さんも一服。
「いいなあー天女座やないみたい!」と落ち着いています。
夕方、伊勢の斎田さんが、中村君と講演の岡村精二さんを
乗せて来てくれました。 「いやー!すごいねえ!これ改装大変だったよねえ!
さっき女の子までペンキ塗っていたんだね!」
で大爆笑。5年生の2人は女の子に間違われたようです。〔笑〕
コンサートの前に河上市長さんのメッセージを代読し
森本県会議員さんのご挨拶。 「徐福伝説」の後、「春を惜しむ」で即興。
今回は、インドのオルガンを私が弾いて急遽カフォンという
パーカションを翔太君が叩くことに。
ドキドキの翔太君の初デビューはまずまず。
トンちゃんは、それにあわせてインド風即興ボイス。
トンちゃんの「月の女神」の後、熊野人、獅子舞と続き
いよいよ岡村先生の講演。
「中学の時に堀江健一さんのヨットに憧れて太平洋横断を決意
しました。しかし、両親は最後まで心配して、特に父は口をきいて
くれませんでした。
弱い人間だった私は航海に出るのが怖かったのです。
航海に出て、母親の手作りの弁当を開けたら「がんばれ!母」
「生きて帰れ!父」の紙が弁当に入っていて大泣きしました。
途中で大嵐にあって、船がひっくり返り食料を失ったり大変な
思いをしたけれども147日かかってサンフランシスコの
ゴールデンゲイトブリッジを通過。気分は、裕次郎でした。
同じ人生なら夢に向って・・・天女座はまさに夢を実現しています
が・・・夢のある人生を生きた方がいいです。」
感動的な講演は満場の拍手でした。
終わって、恒例の餅、餅、餅の餅ほり。わーっと餅に群がる人たち。
5周年は皆さんに祝って貰いました。
岡村先生とスタッフで地鶏鍋を囲み話は尽きませんでした。
「いつか宇部に演奏に呼ぶからね!」と先生。
53歳の今も尚、青春そのものの生き方をしている岡村先生に大拍手!
5月1日
風邪でダウンのトンちゃんを横目に見ながらグンソーと向井君と
海に初潜りの私!幸せ!
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